神楽の前日の準備や当日様子は、事務局マッキーが報告してくれたので、私は感じたことなどを書きたいと思います。
【九州つなぎ隊】の活動で諸塚村の南川・中尾地区の神楽の前日の準備と当日のお手伝いに行ってきました。
風が吹いて雪が舞い、周辺に雪が残るとても寒い日でした。
しかし、舞手は薄手の着物と袴に身を包みぶるぶると震えながら神楽を舞い始めますが、そのうち神楽舞が体を温め、顔に着けている面から白い息が漏れ始めます。
その美しいこと。
みんなで準備して、みんなで神楽のお客さんをもてなして、
神楽を舞って、神楽を支えて、みんなで片付けした
極寒の三日間でした。
今回もいろんなところからお客さんが来られていたのですが、
数年前に諸塚村のツアーに参加した奈良県の女性が
お友達を二人連れて三人で来られていました。
こうやってつながって、広がっていくんだろうな~
一方で色んな理由で来なく、来れなくなる人たちもいるんだろうな~
ここの神楽は集落を回るので、今回の中尾地区の神楽は5年後。
5年後にしか来ない人もいるんだろうな~
などとお客さんを見ながら、不思議な感じがしていました。
一方、神楽保存会を見ていて、徐々に年代がづり上がっているのが分かります。
大きな動きじゃないけど、役割が少しづつ変わり、若返ってきています。年配の方で高齢の影響を避けられず、以前ほどの動きのできない人もいました。
私たちが関わりだした10年前から考えると、既に他界された方もおられます。
南川の夜神楽は淡々と、毎年集落を回りながら続いている。
行政などの事業でもなく、雇用などでもない、役目としての義務でもない、ましてや強制などあるわけもない。
夜神楽が続かない、続けられないところもある。
それでも、南川神楽は続いている、続いていく。
時の流れの中で。
この違いは、人口や高齢化率など数字だけの問題じゃ語れないように思います。
何が違うのか、何があって何がないのか、
と、焚火に火をくべ、火にあたりながら、
太鼓や笛、鐘の音を聞き、神楽を見ながら、焼酎を飲みながら、“ぼんやり”考えていました。
集落や地域そのものにも同じようなことがあるのかもしれません。