『桂大神楽』のお手伝い ~宮崎県諸塚村立岩地区~その2

諸塚村立岩地区、この活動を始める前に最初に関わった地域。

廃校を活用して『森の写真館』という取組をやりました。

その時に知り合ったのが山崎シヅエさん、私たち夫婦は「シヅエばあちゃん」と呼び地元では「シヅばあ」などと呼ばれいて、記憶力が良く発言もはっきりしっかりしていて地元では知らない人はいません。

知らない人がいない理由がもう一つあります。それはこの地域に伝わる今回も行われた桂神楽の神楽歌、神楽セリとか色々言い方があるのですが、これが歌える伝承者の一人でした。

そのシヅエばあちゃんが桂神楽を待つことなく直前に息を引き取りました。私たちもお通夜に駆けつけたのですが、私たち夫婦との思い出もたくさん飾られていて10年以上の付き合い、つながりを深く感じたことです。最初に会った時に「何歳に見ゆるか」と聞かれ相応の年齢を答えると返ってくる言葉は全部「違う」、最後に「正解は84.5歳じゃ」ととんちの聞いた答えが返ってきて、みんな大笑い。うちの事務所にも時々電話がかかってきたのですが、私の妻事務局マッキーに「おまや気を付けんと、俺にとらるっぞ」とこれまたお見事。お通夜の席でもシヅエばあちゃんの娘さんが「いつも彼氏と言って話していました。一度どんな方かお会いしたかった」とお声かけをしていただきました。

96歳、色んなことがあったと思います。シヅエばあちゃんのご冥福をお祈りいたします。

その神楽歌も今回受け継ぐべく地元の婦人部が動きました。もう一人継承している男性の方も腰は曲がっておりますが、何とか来られて神楽歌を歌われました。テンポ、間、入り、これは受け継ぎ経験をしてきた人だけが出せるものですが、また祭りを重ねて新たな継承者が育っていくのだろうと思います。

ここの地区の夜神楽は毎年行われるわけではなりません。祝い事や特別なことがあった時に村の長老などが話し合い開催を決定まします。人によっては「幻の神楽」とさえ言う人もいます。

しかし、人口減少、過疎化、高齢化はこの地区でも顕著で、若手の神楽の舞い手(この地区では「ほしゃこ」と言います。)の確保が大きな課題でした。近くの塚原集落の若手が協力してくれました。塚原集落は神楽が途絶えてつつあるところで、それを復活させるためにもいい機会となるということで、まさに集落間の「お互い様」、地区同士の助け合いでいい形になりました。

裏方には【九州つなぎ隊】の「つながり」をしっかり理解した、外からのお手伝いの立場を理解した素晴らしい隊員さんが、これも見事に溶け込み神楽を支えました。

雨は降りましたが、気持ちの問題だと思いますが、それが苦になることもなく問題もなくというより、それがお客さんとのコミュニケーションにつながりました。こんなもんなんですよね。全てを味方にしてしまう。

今回もですが、【九州つなぎ隊】が大事にしているのは『一緒に』。

「行く人」と「受け入れる人」、「助ける側」と「助けられる側」といった『一方向性』ではないということです。関係性の整理もない、出来ないということです。

今回の塚原地区と立岩地区も「お互い様」の集落間の双方向性の助け合い。

【九州つなぎ隊】と立岩地区も『一緒に』というスタンスで、高齢化、少子化、担い手人手不足そして人口減少という「これからの時代」を見据えた形、姿、あり様を考えながら、具体的に積み上げ、しっかりとした持続可能な仕組みづくりを進めます。

桂の皆さん、立岩地区の皆さん、お疲れ様でした。ありがとうございました。!(^^)!

16日

『『桂大神楽』のお手伝い ~宮崎県諸塚村立岩地区~その2』へのコメント

  1. 名前:松山章子 投稿日:2020/03/11(水) 04:05:45 ID:ea8faf035 返信 編集

    素晴らしい写真ありがとうございました、またあの夜を思い出しました、元々は、飯干地区の春祭りのファンで10年前くらいから友達と行くようになりました、そこで立岩公民館長の林さんと知り合い、12月に公民館の教養講座に呼んでいただき、皆さんに誘っていただき神楽を見に来ました、県内の神楽を時々見学していますが、特別な夜になりました。

    • 初鹿野聡 名前:初鹿野聡 投稿日:2020/03/11(水) 07:17:28 ID:c98c2bb54 返信 編集

      松山章子さん、私も色んなことを感じた夜神楽となりました。コメントありがとうございます。!(^^)!